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アメリカの夢:2000スーパーハイウェー構想 [日記]
私自身、1990年からネットを使った
国際交流、共同学習を進めてきました。
そして、実際に1993年にはネブラスカ
のリンカーンに行きました。
1990年に当時のコンピュサーブで出会っ
た先生の紹介で、1992年からその学校が
参加校になって、何かやりたいと言う事
でした。ちょうど、その時、8月にノル
ウェーに行って英語で発表しようと英語の
原稿を書いていた時で、一日に何回もメー
ル交換をしていました。だから、ノルウェー
の帰りにネブラスカに寄ることになって、
プロジェクトの色々が始まったのでした。
そう、その頃のアメリカの学校の合い言葉
が、2000年にはアメリカの全ての学校に
スーパーハイウェーを!!!というのでした。
アメリカの学校は元々コンピュータがLan
で繋がって導入されていますので、その
Lanが外部につながるという発想はそれほど
難しくはないと思います。しかし、当時の
そんなアメリカの田舎の学校で、ネットの
世界を知る人はほとんどいなかったと思い
ます。
その時、何をしたかというと、ファックスを
使って子ども達の交流をしました。それは、
1991年以来、ファックスを使って、アメリカ
とかイギリス、フランスの学校と、既に私の
方が交流をしていたので、それをやろうと
いうことになったのです。ただ、今回は、
物語を一緒に作りあおうと、それぞれが3つの
物語の書き出しを作り、相手に送る。相手が
その話を受けて、まとめているという課題に
しました。もちろん、その前に、自己紹介が
あり、学校紹介や住んでいる町の紹介をしあ
いました。
で、そのプロジェクトの事は、共同通信が
取材に来てくれて、日本の色々な地方でも
記事になったし、アメリカのネブラスカでも
新聞記事になっていました。
そのキャッチフレーズが、「リンカーンの
子ども達が一足お先にスーパーハイウエーを
使って日本の子ども達とお話を作り、本にし
ました」というものでした。
これから、その新聞を探してみます。
ニューヨークですか? [世界一周]
ブログにコメントとして書き出して、これは
ちょっと、コメントではないなと思い、ここ
に載せました。
まずは雪の洗礼を受けました。そして、
寒かった。だから、それ以来、NYは冬
の凍死とインプットされてしまいました。
そう、NYも大きな田舎かって、その時、
思ったものでした。大きな田舎だけれど、
色々なものがある。冬には街中にスケート
リンクがあって、人々がスケートを楽しん
でいる。大きな公園もあり、すばらしい
美術館もある。たった20ドル出せば、
一日中回っても見切れない美術作品を見る
事ができる。疲れたら、美術館の中のカフェ
で休むこともできる。
そう、両方があるんだなあ、NYには。
これは喩えれば、日本の教育は国の教育しか
ないのに、アメリカは国の教育もあれば、
個人の教育もある。まあ、時には、その個人
の教育が行きすぎると話題になる事もあるが、、、。
今、日本の教育が、実は国の教育しかなかった
んだと言う事、そして、それが明治5年の学制
以来実は少しも変わっていないんだと言う事が
露呈して誰の目にも明らかになった。
つまり、富国強兵・殖産興業。そのための兵隊
養成所がいわゆる公立学校であった。だから、
あのだだっぴろい砂の校庭の意味が理解できる。
あれは、軍事訓練のためには必要なスペースで
あったんだ。
さて、日本がこれからどんな道を歩めばいいのか
一人一人が自分の生き方をかけて問い始める時が
きたな。
瞬間瞬間 [写真と写真家]
ちょっと別館を整理して、真面目に写真に
ついて考えようとしています。(リンク)
そこで初めて、『写真が撮れた」と思った
状況をふり返ってみました。しかし、あの
一枚しか撮れていないのが事実。やっとの
スタートでした。
さて、二つ目がこの子との出会い。
その学校には前日に訪ねて翌日授業に入って
写真を撮りたいと話は付けてきていた。
英語の分かる若い女の先生の方は、しかし、
友だちの結婚式でプノンペンに行っていない
というから、隣のクラスものぞき、頼んで
帰ったのだった。そして、当日。
いつも朝一番で行くから、大抵のカンボジア
の先生より早く学校に着き、教室で待機して
いる。子ども達も、少しずつ来て、買い物に
出かけたり、外で遊んだり、先生が来るまで
の自由を味わっている。
さて、先生が来て、授業が始まった。
この学校はあるボランティア団体が支援して
いて教室の備品などが周りの公立の小学校と
はだいぶ違っている。
さて問題は、1時間目が終わって、休み時間。
先生も、食堂に朝ご飯を食べに行き、子ども達
も銘々あそんでいる。一人の女の子がシャボン玉
を始めていたので、それを見ていて、つい手を
だしてそのシャボン玉を追いかけていたのが、
この子であった。
1回目の子も初めて会って撮ったけれど、この
時もこの子に会うのは初めてだった。
そうか、傍観者ではないんだ。 [写真と写真家]
写真を撮るときの足し算、引き算。
興味ある例えをいただけ、考えて
見た事、ある意味、今、一番気に
なっていた事。そう、私は写真を
足し算で撮っていた。
あるテーマがあって、その現場に
入り、自分では空気になって撮って
いたつもりでも、どこかに頭で描いた
光景を探していたのではないか?
もちろん、発見はあるにしても、
それは、言葉で説明できてしまう事。
つまり、イラストでしかなかったのか?
ある考えを伝えるのに、都合のいい
写真を並べただけなのか、、、、、。
そんな事はないと思う半面、全く興味の
ない人から見たら、そう見えても仕方が
ないか、、、、とも思う、昨日今日です。
それで、では、「写真」って何なんだ_
という原点の問題に戻ってきたんだなあと
思った時に、改めでShin.Sionさんの写真が
目の前に現れたのです。
そしてタイトルの、「そうか、傍観者では
ないんだ」に続く。
スナップって、ある意味、傍観者的なもの、
撮る人と撮られた写真の間には距離がある。
私なんかも、子どもの写真を撮っている時、
子どもの中に入ってしまっていると思うけ
れど、撮れた写真がどこまで入れたかは、
結局よく分からないままでした。
しかし、昨日の今日の感覚では、Shin.Sion
さんの写真は、見ていて、撮る人と撮れた
写真の間を行ったり来たりしている。そして
見る人にも、それが分かるから、撮った人と
同じ気持ちになれるんだろうか??なんて。
とにかく、自分自身も新しい気持ちで、
写真を撮る事が先だな。
写真家の感性:写真の周りの空気 [写真と写真家]
何故か、去年、Shin.Sionさんの写真が
気になり始めて困った。それまでにも、
ブログで拝見して興味は持っていたのに、
何故、去年のある時期からそうではなく
なったのか?それを探そうと、この記事を
書き始めています。
一つ思うのは、あの3.11の時の写真で、
踏切の親子のセピアの写真、あれはシアン
でしたか、を何回も何回も見、そして自分
自身でA4にプリントして更に眺め続けた
という事がありました。
更に気になってブログを見ていて、CDを
配布されていることが分かって、さっそく
に送ってもらって、色々、改めて写真を見
させてもらって、安心できた、、、、。
そして、今日、さっき、気がついた事は、
Shinさんの写真の周りの空気が違うという
事。確かにブログの写真は大抵がリコー
のGRD IIIで撮られているので、その点は、
写真が安定していると言えるかも知れない。
しかし、それ以上に、写真から空気があふれ
出してきた。今まではそこまで感じなかった
けれど、、、、今夜は、、、何故か。
その記念にこの記事を書いておこうと思った。
初体験:青汁 [日記]
相棒が青汁、青汁とうるさいので、
サンプルを取り寄せてみた。今日
届いたのだが、そのサンプルは、
2gのパックに入った一つだけ。
あらあら。。。。。
それでそれを飲んで見たら、
何の事はない、抹茶の薄い色で
香りは草の葉。
これでどんな効果があるんだったか??
うわあ、神奈川でも今朝は、窓ガラスが凍っている。 [from iPhone]
岩手では見慣れた景色だったが、神奈川も !!
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